高麗手指鍼と手のひら先生スタイル

高麗手指鍼の謎を解明し、独自に進化させた手のひら先生スタイルの紹介です

金成萬師の思い出 その10

 金成萬先生がどこで気功を学んだかはわかりません。

NHKで放送された「チャングムの誓い」で、チャングムが女官から医務官になって、再び宮廷に戻った時鍼の修行に、気功のシーンがあり何か見たような景色でした。

韓国の気功はあまり聞いたことがありません。気功師といえば中国になっていしまうからでしょう。

しかし韓国のある先生は、「気功が使えるので私はなおせる」と仰っていました。

なら必ずしも高麗手指鍼でなくても?と少々感じたことでした。

さて第6期のメンバーと第5期参加で鍼灸学校の同級生で、武蔵小山で健康館「こもだ治療院」をされている小茂田先生は、今日も高麗手指鍼を使っています。

セミナー終了後挫折せず今日に至るのは、セミナー終了後に喫茶店に集まり、ほとんど資料のなかった高麗手指鍼の情報を集めたり、終了後に意見の交換をしたからだと私は思っています。

大学2年の時大学はロックアウトになり、勉強ができなくなったことがあります。

が通っていた大学では、プロゼミナールという本格的なゼミの前に、雰囲気を学生に味わわせてやろうという、学校側の配慮で設けられた特別授業がありました。

受講したのはアダムスミス「国富論」でした。 6時頃から始まるので、意外ときつかったことを覚えています。

それが3、4回開かれたあと、学校が閉鎖されてしまったのです。

有志が集まって喫茶店や公民館会議室を借りて、数回自習形式で行ったのですが、所詮分からない者同士が集まる集団に陥って、何回かで終了してしまいました。

このことがあったので、なるべく分からない者同士でも緊張感がなくならないようにしたはずです。

日本では資料が乏しいと言っても、過去に柳泰佑会長の十四気脈論や「医道の日本」誌に発表された、韓国人鍼灸師の症例などが集まりました。

また小茂田先生は1年前にセミナー終了し、既に韓日学術大会参加されていました。

その時の参加者の資料など、結構手分けすれば参考になるものが集まりました。

名古屋から来られた歯科医田辺辰彦先生なども毎回参加していただき、早く帰りたい気持ちを押しとどめていただき、そのようなわけで毎回熱気はありました。

セミナー終了した翌年だかに、韓国に行ってみたくなりました。

韓国では高麗手指鍼の状況を知りたくなったからです。

高麗手指鍼学会の訪問の他に、小茂田先生が大会参加で見た、鍼管を使わず鍼を刺す先生の見学を企画しました。

高麗手指鍼は刺すときに痛みを患者さんに与えるので、手で刺せば痛くなくさせるかもという淡い期待もありました。

金先生に学会訪問をすると話さないで行こう、何故かそのように全員一致で決まりました。

おそらく先生と学会の関係がその時良くなかった時期だったのかもしれません。あとで知られることにはなりましたが。

収穫はありませんでした。韓国の手指鍼学会がどのようなところに有り、会長に挨拶ができ、手で鍼を刺してももっと痛みが走ることを知っただけでした。

取締が厳しくなったとのことで、この先生もその時は気功師になっていました。

鉄棒でピラミッドを組みその中で何か行うようでした。

韓国でも気功を行うんだと思いました。

また日本ではその頃コメディアン、三宅裕司がはやらせていた「ヒランヤ」に何か似ているようにも見えましたね。

そのあとはもう自分で工夫し、研究することしかないと悟ったのです。

(金成萬師の項終了)