高麗手指鍼と手のひら先生スタイル

高麗手指鍼の謎を解明し、独自に進化させた手のひら先生スタイルの紹介です

金成萬師の思い出 その6

 今の鍼灸学校制度の中で、卒業してすぐ鍼治療で開業するというのは、カヌーで太平洋横断ぐらい難しい無謀なものです。

3年というj学習期間が短いからなのかとなりがちですが、それが6年になっても同じなのが鍼灸の世界なのです。

恩師井上良太先生が授業で何かあったとのでしょうか、怒ったように「お前ら先生方は、このような鍼の感じは胆石だとか、このような鍼の渋り方はなんだとか知っているんだ。ただ本になど絶対書かないよ。」

きっと馬鹿な生徒が本をいっぱい読めば、必ず治療法は見つかるようなことを行ったのかもしれません。

鍼灸を早く極めるのには、治せる教えられるまたは治している姿を見せられる方を見つけ、教えを請うことなのです。

何冊も本を出版し有名になり、試験委員などをしている人の本を参考に治療して、患者を治せたという方に出会ったことがないのが、この世界の不幸なところなのです。

また症例を多く集め綺麗なグラフにまとめ、患者さんの写真なども載せて、結論がまだまだ研究の余地がある。

このような発表論文の状況では、習うものも路頭に迷うはずです。

医学会で新しい発見新しい技術開発して特許は取れなくても、より良いポスト研究環境が整えられるのが医学界です。

ところが鍼灸の世界はこの面ではアウトローが跋扈する世界です。

職人と同じ世界ですから、親方に怒鳴られこづかれ、何年も自助努力されて見つけ出し勝ち取った技術を、簡単に教えたり本に書いたりはしないのです。

また教えを乞いに来るものの程度が悪かったら、社会の基礎常識欠けるものが多かったら、弟子入りなど夢のまた夢です。

また千歩譲って本に書いたり、誰でも教えてもほとんど徒労に終わってしまうのではないでしょうか。

「あいつの教えのとおり治療をしたけど、治らなかった。インチキじゃないか。」「本の通り鍼をさしたが効果がなかった。買って損した。」

などが多いので先生たちは弟子入りという制度に、だれでも門戸を広げているわけではないのです。

その鍼を刺すには、基礎にある「気について理解しているか、それを使いこなしているか」「鍼灸気の調整理論の理解」「刺鍼の基礎技術」など本来師と定めた方に近いところで、教えを乞い修行して勝ち取らなければ、その域には到達できません。

鍼は見た目ほど簡単じゃない世界なのですよ。

レベルの低い世界での治療はそのようなことはまた別の問題ですが。

教えることが報われない鍼灸の世界では、教えを請うものもそれだけの犠牲を払わなければなりません。

セミナーを受けたごときで即鍼治療ができるわけではないのです。

韓国に行って言葉も通じないでセミナーを受けることに比べれば、多少授業料は高くても金先生のセミナーを日本で受けられることは、本当に幸せなことでした。

と言っても内容は基礎の基礎、韓国で行われているセミナーと同じ内容です。

自分で治療方法を見つけ出さなければならない状況が、セミナー終了と同時に襲ってきたのです。

はぁ〜!とため息がでて、暗澹たる思いだったことを覚えています。