高麗手指鍼と手のひら先生スタイル

高麗手指鍼の謎を解明し、独自に進化させた手のひら先生スタイルの紹介です

金成萬師の思い出 その4

 10年ほど前何回かの韓日学術大会に、東京からただ一人お招きいただき発表させていただきました。

その時が確か高麗手指鍼の普及方法が憲法違反でないと、最高裁判決がおりてお祭りの意味が込められて盛大に行われました。

日本では大審院判決で電熱器高だかを使った治療に対し、職業選択の自由は誰にでもあると判決がおりていました。

自分の病気を治すツボの指導を受け、自らが治療を行うことにたいし、指導は職業選択の自由の範囲に含まれるということです。

しかしそれを専門職業にするのはまた別です。

評判が立って患者が門前市をなすようになって、取り締まりの手が伸びてこようとした時、突然治療にこられたのが日本の有名人でした。

心臓が悪くどこか良い治療法をと、八方手を尽くしたところ、韓国は釜山に良い先生がいると紹介されて見えたそうです。

確かに昔のビデオを見ると、だるそうにベンチに斜めに体を横たえる姿が映っています。

不整脈狭心症か、若いときに体を酷使してあと精神的にきつい地位も、病状に影響していたのでしょうか。

韓国は近いといっても日帰りで通うことは、今でもきつい日程でしょう。

まして有名人ともなればハードスケジュールの中、何回も通うことは難しかったことと思います。

そんな中その方から「先生、全部面倒見るから日本に来ませんか?」という申し出があったそうなのです。

先生も今の韓国での環境では未来が開けないと、思い切って来日することを決めたそうです。

大きな決断だったことと思います。

家族もいて日本語も分からない中、やはり負担は大きかったことでしょう。

しかしお父さんが日本との貿易に携わっていたらしいのと、親戚がにほんにいた事などで決断されたようです。

まだ今の国家資格の前でしたので、日本語も満足に話せなかったそうですが、どうやら3年で資格取得はできました。

それでも大変な3年間だったと思います。

学生時代には同級生にこの鍼を教えていたそうで、セミナーの予行演習にもなっていたのでしょう。