高麗手指鍼と手のひら先生スタイル

高麗手指鍼の謎を解明し、独自に進化させた手のひら先生スタイルの紹介です

高麗手指鍼でも手のひら先生スタイルの鍼治療です

高麗手指鍼でも手のひら先生スタイルというのは、高麗手指鍼が出来た当時から進歩していなかったのに、「手のひら先生(商標登録済み)」は、独自の理論を築きげそれにともない技術も変化させてきました。

真の東洋医学を目指して気の継承も出来るようになりました。

ほんの一部の達人の技術である「気」については、伝えないものである・伝えようとしても伝えられる技術がなかった・気で治しているのにそもそも気のことを理解していなかった。


このような大問題が根底に有ったので、これこそ東洋医学の根幹にあるはずなのに、弟子入りという伝統儀式でしか次世代には伝えられてこなかったのです。

それさえも「気の伝承」という自覚は先生にも弟子にも、一つとして意識されてこなかったのです。

 

ある生徒が先生に「先生ががん患者を治しているように、私もいずれ治したいので教ええてください」と質問しました。


日本人の先生ならきっとこう言われるでしょうね。「あなたが私のセミナーを学んで、しっかり技術を習得したら癌を治せるようになりますよ」やんわりと断ったでしょうね。

 

がんを理論立てて治せる治療家なんていないでしょうから。

 

先生の答えはこうでした。「う~ん そんなの教えたら飯の食い上げよ!」

「いやー!外人はズバッと言うなあ」というのが我が感想でした。
まだ10回のセミナーの内の3回目ぐらいだったので、質問する方もいけなかったでしょうがね。どこでこんな言葉先生も覚えたのでしょうか?

その後、先生もきつい物言いだったと反省したのか「わしは一本一本気を込めて鍼を打つので、がんを治せるのだ」と言ってました。

私の当時は「なんだかなあ?」という思いでした。
しかし後に鍼治療の真実はそこにあったのだという考えに至りました。

がんも気で治すというのが、連綿としてに伝わってきた東洋医学の真髄なのです。

開業した当時長野潔という鍼灸師が「鍼灸臨床わが三十年の軌跡」を上梓された頃で、鍼灸界には長野式がブームになりました。

第1回のセミナーが大分県別府市で開催され、私も初めてのフライト経験をして聴講に行きました。

長野式が目新しかったのは、今までバラバラというか体系として語られてこなかった、例えば血流改善などの治療法をいくつかにまとめ、誰でもが治療しやすくしたことでした。

どうでしょうか?何々流とか経絡治療とかのように、あるグループ内で行われている独特の治療法体系とは異なり、伝統として伝わってきた
鍼治療技術を研究しまとめ、脈診を基礎に誰でもが行える治療体系を気づかれたと考えます。

ただし習得が難しいネックになっているのは、脈診の大家長野潔のレベルに近づけないことのようです。

脈診というのは従来から感覚的なもので、先生から個別に引継がれるものだという考えがあります。
私は幸運にも学生時代に、山下詢先生という脈診を初めて分析し習得しやすいように解析された、鍼灸の歴史の中で初めての偉業を残された方から、
短期間ではありましたが手ほどきを学生仲間とともに受けることが出来ました。


ただその後経験も修行も足りないので、長野先生のレベルには遥かに及びません。

長野先生の一番弟子と自ら名乗られている松本岐子(きいこ)先生がいらっしゃいます。

先生はアメリカに住まわれていて治療されていますが、今はわかりませんがハーバード大学で、医学生鍼灸講座を開かれていました。

その集大成になるのでしょうか「Kiiko Matsumoto's Clinical Strategyies Vol 1 2」を刊行されています。

根幹は長野式、ただしご本人も仰っていますが長野潔レベルの脈診には及ぶべきもないので、彼女独特の脈診と鍼の効果をツボの反応を見ながら、押さえて
治療を進める方法に変えていました。

初心者にとっては入り口で閉ざされかかったものを、発想の転換で誰でもその先に進める方式にしたのです。

また知識欲旺盛でまた若かった当時は日本には間中喜雄博士を中心とした、鍼灸トポロジー学武会という電気治療の研究をされた吉本先生や、フィンガーテスト
の入江先生先生などに接することで、様々なアイデアをとりいれて彼女独自の治療法を築かれています。

名付けて「きい子スタイル」です。

私の「手のひら先生スタイル」は、手のひらで行う鍼治療さえ独特な治療法である上、手のひらは身体に対応することを含んだ上、そこは脳神経にも対応している
という理論なのです。

なおかつそこに現れるツボはフェーズ ワン ツー スリー (第1位相 第2位相 第3位相)として現れますが、それらは人間が進化してきたということを表現しているのです。

鍼灸の歴史二千年 三千年とも言われますが、このようなことを言及したのは私が初めてです。

昨年9月ソウルで開かれた第24回韓日高麗手指鍼学術大会で、このことを発表して参りましたが「進化の過程の 魚 鳥 人間」に反応した人はいたそうですが、
理解いは出来なかったようです。

東洋医学演繹法によって証明されてきましたし、そうせ

そうせざるを得ない状況にあったわけです。

今はじっくり思考をめぐらし少数例でも結果が予測できる、帰納法をとることも可能な時代になりました。

しかし試験管内の実験は不可能なので、まず理論をたて推測しオーリングテストなど可能な限り検証し、患者さんに試し実績を重ねることでその効果を証明しなければなりません。

これで行き着いたのが「手のひら先生スタイル」というわけです。

免役の調整法は進化とともに出来た免疫システムを調整する方法を確立いたしました。
末期と診断されたがん患者さん2名が、6年経過した今も元気でいますが、これはその証明の証にもなります。

もちろん免疫システムはリウマチや全身性エリトマトーゼス など広範囲の免疫疾患にも十分対応出来ます。

脳の進化に対応したつぼを手のひらに描きましたので、脳疾患後遺症にも十分対応が出来ます。

パーキンソン病治療も成果を上げられるのは、脳全体の治療が出来ることが良い結果を出しているのです。
何しろ一番大変な身内の患者を治しているのですから。

鍼灸学校で言われたことそれは「一番たちの悪い患者、それは身内だ。治療代は払わないなのに文句だけは言う。だから身内を治せるようになったら一人前だよ」

腰痛肩こりはどの鍼治療でもおなじように治せるので、これは独自のスタイルと言うにははばかられるかも知れません。

しかしギックリ腰はひどくなければ治療は1回 肉離れもプロでなければ治療は1回 ひどい坐骨神経痛でも治療は12回まで、と我がスタイルはなっています。

あとこれはちょっと自慢かな?「癒着 手術後の癒着は治療は10回までで再発はなし」理論治療法も世界でここだけ。

新年最初のオオボラ吹きも明日からは70歳、60台最後のこととご勘弁いただきましょうか。

第24回韓日高麗手指鍼学術大会参加しました。

2018年9月1日韓日高麗手指鍼学会学術大会が催されました。

もう24回を数えます。

高麗手指鍼が発表されて2年に1回開かれてきました。最近は高麗手指鍼の普及促進のため民間療法の如くしなければ、韓国では広まらなかった事情があリました。

そのため裁判を起こされました。未資格者が鍼灸施術を行うのは法令違反ということです。

それが韓国の最高裁まで行って最終的に、自分で鍼治療を行うことを教えるのは、職業選択の自由があり憲法で守られた権利ということで、裁判を勝ち取ったのです。

日本では明治時代に温熱を利用して治療した例があり、時の大審院判決で憲法のもと職業選択の自由は既に認められえていました。

今ではカイロプラクティック 整体 温熱を使ったものなどなど資格や法律がないものも、自由に営業出来るのはこのためです。

これを記念する意味もあり2年に1回、9月の暑い時期に催される大会になりました。

私が最初に参加したのは、2001年4月25日第15回大会でした。それから2年に1度参加し論文発表をしてきましたが、11年前の脳溢血を発症してから行けなくなり、4年まえひさしぶりに参加いたしました。

前回は「鍼灸では心臓の経絡の調整はしてはいけない」と、二千年以上守られてきた数学で言う「定理」は、なぜなのかを初めて解き明かしました。

人間が進化してきた生き物であったところに、この教えがあることを解明したのですが、反響は何もありませんでした。

難しすぎたんですね。何しろ二千年間東洋医学の世界で、こんな事考えた人間は一人もいなかったので、まあ!仕方ありませんね。

今年は更にその理論が進化しまして「手のひら先生スタイルの新しいアプローチと理論」という題でより詳しく説明して来ました。

浅はかですね?前回反響がなかったのはきっと、外国からきた鍼灸師たちにも反響がなかったのは、通訳が入るのでそのせいだと思いこんでしまっていたのです。

そうだ英語でやってみよう!そうすれば通じるはずだ!思い込みは馬齢を重ねても吹っ飛ばすです。

後戻りできないようにあちこちで決意を述べてしまいました。

英語は下手ですよ、英語圏以外のお姉さんとならコミュニケーションぐらいは取れますが、ペラペラと喋ったりは出来ません。外国の映画も字幕を見なければ、半分ぐらいの理解でしょうか。

ユーチューブに動画を2本上げて、高校のずーと下の後輩金田氏に見てもらったら、英作文英語と言われました。

その後日本語の動画をネイティブの使いような英語に直し、シナリを作成してもらったのですが、これを頭に入れて話すとなると至難の業ですね。

何しろ日本語でシナリを作成しても、全くそのとおりには話していませんもの。

グズグズしていたら時間だけが経過するものなのですね。

論文をまとめるために「生命形態学」三木成夫教授の本を読み直し、受精卵は母親の体内で32日の内に何億年もの進化の過程を、トレースしているのだと言うことを説明し無くてはならない。

鍼灸師の「治す気」というのは、ブルース・リーのような格闘家の氣とは違う説明しなくては?そうだここで「アチャー」なんて奇声を出せば笑いが取れるか?なんて余計なことを考えてまとめていました。

今回の参加は一応の区切りと決め、動画を作成しユーチューブにアップすることを計画しました。

韓国人の大学の後輩に依頼してプロのカメラマン、フリーでコマーシャルフィルムを撮っている、カメラマンを雇うことにしました。

ソウルで前日に打合せをしました。スターバックスのコーヒーはソウルでもまずかった!煮詰まったコーヒーは飲み物ではありません。

大学の後輩はまさに韓国人顔、カメラマンの顔は大学の後輩に似ていて、韓国語を話すのを見ていると、変な気分になりましたね。日本人のDNAの4分の1は韓国由来なので、ありえないことはないのですが。

 

日本語のシナリをを作成し、英作文をしましたが頭には全く入っていません。

発表持ち時間は25分です。説明に25分あれば十分伝わると思っていました。

浅はかでしたね。

25分英語で自分だけが発表すると頭がいっぱいでした。

発表時間がきて登壇すると、事務局長が隣に来て「先生僕が通訳します」私心の中で「なんでお前が出てくるんだよ!」と叫んだ途端、飛びましたね。

頭が真っ白になりました。

会場を改めて見回せば韓国人の爺さん婆さんばかり、今回参加したフランス人やドイツ人は初心者だったらしく、隣のブースに行ってました。

とっさに心を決めて「エイヤ!」作文を読み切ろうと開き直りました。

最初の25分はプロの撮影でピンマイクもあるので、音も映像も入りました。25分過ぎは持参したビデオカメラの動画です。

ここは理論的にもっとも大事なところなのですが、しかたありません。動画をとりあえず撮りに行くのが重要と思うことにしました。

 

理論については出版なり、これから動画で説明を予定しています。

経絡とはなにか免疫とはなにか、なぜ手のひら先生スタイルでは免疫調整が可能なのか?

日本語で話しても「わっかるやつ、いないだろうなあ!」

でも免疫疾患は完璧にコントロールする方法は完成しました。

なんと原始免疫 獲得免疫の調整だけではリウマチの改善は、リウマチだけでなく免疫疾患の治療は進みません。

細胞分裂する際起こるDNAの複写 転写の修復をするテロメアを、活性化することで免疫疾患は改善するんですね。

まずはその第一歩でした。

あとちょっと嬉しかったのと、やはり効果があったのだからこれからも継続しなければと思いました。

動画を見た大学の後輩と、事務局長の二人に発音を褒められました。どうもジャパニーズイングリッシュ発音丸出しと思っていたようです。

こちとらなあ かの有名な「イムラン・スティディキ」先生の、リスレボで学んでいたんだ、ざまあみろてんでい。

実は2年の通信教育のところ、1年終了したところで挫折ではないですよ!中止していました。

3年ほど前でしたが発音は改善していたのですね。特に苦手だった「LとRの発音」は、学校で習ったこととは違うじゃないですか?学校の教師何教えてたんだか?

何はともあれ今回発表してきたことは、高麗手指鍼の隠されていた治す力が何処からきたか、それは何億年もの昔から人間が進化し備えてきた、様々な治療装置を掘り起こしたものです。

英語は3流でも中身は超1流と考えていますので。

恥ずかしながらこちらが動画になります。

第24回韓日学術大会発表動画

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また韓国高麗手指鍼学会 韓日学術大会が近づいて来ました。

4年ぶりに今年は参加いたします。

手のひら先生の新理論が完成したので、そのお披露目もあります。

今回は無理して英語でのスピーチを目論んでいます。大丈夫かなあ?

今年もセジョン大学の講堂を借りて、2日に渡って盛大に開催される予定です。

北朝鮮と米国のこともあり、どうなることかと心配していましたが、杞憂に終わりそうです。

今年は初めてかもしれない、フランスからの治療家か研究者が2名、ドイツからも参加するそうです。

オーストリアからは病院の経営者のお医者さんがいつものように来ます。

イギリスからも来そうです。

もう18年ほど前にはカナダから来られていた年配の女性研究者がいましたが、残念ながら無くなってしまったそうです。

免疫疾患の リウマチやがん クローン病から不整脈まで、鍼で簡単に治せると言ったら、さぞ驚かれたでしょうに、残念です。


昔は明洞のロッテホテルの大広間で開催されていました。

私が参加し始めた頃は5千人の会員が来られていました。


それ以前は1万人も来られて、会場を変更せざるを得なかったそうです。

今年は3千 または5千人ぐらいは来られるのでしょうか?

脳溢血脳梗塞後遺症治療とパーキンソン病治療の動画アップしました

ユーチューブに動画をアップしましたので、是非ご覧ください。


[ https://www.youtube.com/watch?v=kekxWU6iRTA:title=:title=パーキンソン病治療」] 8年ほど治療を模索し、とうとうその結論が出ました。

 


「脳溢血脳梗塞後遺症の治療」 こちらは自分の脳溢血後遺症治療を、なぜ治すことが出来たのか動画でお話しています。

  

手のひら先生の新・鍼灸理論を動画にいたしました。

二千年以上歴史のある鍼灸医学ですが、治療範囲は限定的でした。

古代の偉大な治療家は解きたくても解けなかった大きな謎を、生命形態学という三木茂夫教授の進化論と

フランス人医師ポールノジェ博士のディメンションという発想、そして韓国人柳泰佑師

によって発見発明された、高麗手指鍼を使って解明しました。

そこで誕生したのが今回公開する「手のひら先生スタイルの新・鍼灸理論」です。

人間は進化によって脳が3層構造になりました。

心臓は古代の魚の時代と比べると、複雑なメカニズムを持つようになりました。

肺は鰓から肺という臓器に変化いたしました。

免疫は安保徹新潟大学教授によって発見された、自己傷害性も持つ原始免疫から胸腺の発達によって

がんと闘えるT細胞免疫を得た獲得免疫に発達してきました。

これらを古代治療家は14の経絡によって、病気治療に対処しようとしましたができませんでした。

今日まで東洋医学鍼灸医学が停滞し、西洋医学に比べ評価が低かったのは、進化に伴って現れるツボの欠如でした。

私は上記の先達の方々の業績から刺激を受け、鍼灸医学を現代に対応できるように、新たにツボを発見し理論構築をしました。

古代の偉大な治療家は気が付いていながら、論理的に説明できなかったことが数多くありました。

それが十分に説明がなされ且つ治療に結びつけることができるようになりました。

腰痛肩こりの治療から、免疫疾患・脳疾患・心臓疾患・肺疾患など、今まで鍼治療では成果が上げられなかった、

まったく手が付けられなかった分野まで治療範囲が広がる、その扉が開けられることになりました。

動画は順次公開いたします。

まずは第1章から5章までご覧ください。

第1章 東洋医学の構造 鍼灸治療 鍼治療の構造: 新鍼灸理論 第1章 - YouTube

第2章 気について  鍼灸治療 鍼灸師の気について: 新鍼灸理論 第2章 - YouTube

第3章 ツボについて 鍼灸治療 ツボについて: 新鍼灸理論 第3章 - YouTube

第4章 治療の場   鍼灸治療 どこに鍼を刺すか? - YouTube

第5章 治療理論   鍼灸治療 鍼治療理論(再現性ある鍼治療のために) - YouTube

高麗手指鍼は民間療法か?

 明治に戦争目的で医師法が成立してから、伝統的医学であった漢方は、隅っこに追いやられてしまいました。

補完療法や代替療法などという言葉自体が、西洋医学ありきを前提にしている、差別用語と言ってもよいのである。

エビデンス云々は何をもってして、これが全てと言い切れるのか?

それは様々な要素があるが、私は医療制度として国家予算に響く医療費との兼ね合いで、エビデンスが語られていることも大いに関係すると考えます。

そこでここでは民間療法の定義を「ウィキペディア」から、引用させてもらうことにします。

毎年ささやかながら寄付してますよ〜。皆さんも便利に使うだけではいけません。

さて引用部分です。

日本[編集]
林義人は、代替医療を全て分類しきることは困難であるが以下の4つのタイプに大まかに分類できるであろうと述べた[22]。

伝統医学
中国医学漢方医学韓医学[23]、アーユルヴェーダ(インド医学)、ユナニ医学(ギリシャ・アラビア医学)等、数百年以上の長きに渡り、それぞれの国家において多くの伝統医師により研究・継承されてきた歴史・伝統があって、奥深さや広がりを伴った体系を持っており、各国の国民の健康を長らく支えてきた実績のあるもの。近代以降、現代医学(近代医学、西洋近代医学、現代西洋医学)が前面に出てくるまでは、むしろこちらが主流であったもの。

民間療法
国家的な広がりまではなく、小集団によるもの。歴史があるものも、最近登場したものもある。アメリカで発祥したカイロプラクティックアメリカでは国家資格として扱われており、 資格を持つ者は doctor of chiropractic と呼ばれる。、オステオパシー、大正時代に日本で発祥し、欧米で先に普及したレイキなど。

私はここに理解のために、その国での資格云々を取り上げようと思います。

高麗手指鍼はおよそ40年前に生まれたまったく新しい治療法です。

鍼は使うが鍼治療の延長上にあるわけではないと考えます。

もちろん理論や大小の差はあるものの、鍼を刺すという治療技術は同じように見える。

ご存知の様に日本が韓国を支配していた時に、日本文化が根ついていて鍼灸対する概念も同じようになっていたのです。

鍼灸が貶められて考えられてきたのは、日本と韓国だけなのです。

日本でも70代後半から上の年齢では「鍼灸は盲のやる仕事、目明きがやる仕事ではない」と言って、学校に行くといったら親子親戚の縁を切られたのです。

それが韓国と日本は鍼灸に関する意識が、世界の中では特異的は環境にある。

もちろん中国では伝統的医療なので鍼灸師は国家公務員で、病院内で治療を行っており西洋医と同等の地位にあります。

占領が終わり韓国ではこんな時代遅れの治療法は、薬剤師と一緒にしてレベルアップを図ろうと、漢方医の資格にして大学に行かなければ資格しゅとくは出来ないのです。

世界を見てもこれは特殊な条件です。

日本では3年の専門学校で学べば、受験資格は取得できます。

アメリカでは、鍼灸師漢方医・医師とそれぞれが資格をもって鍼治療を行っています。

日本人鍼灸師の松本岐子師がハーバードで、講座を持っていることは広く知られています。

ヨーロッパ事情は詳しくはないのですが、近年は鍼灸師の資格ができたようです。

さてこのような状況で生まれた高麗手指鍼を普及させようとしたとき、既存の鍼灸師はこの新しい鍼術に興味を示さなかったそうです。

そこで何とか国民に安価で効果のある医療を提供しようと考えたシステムが、今の様に「自分の病気を自分で治す」方法だったのでした。

これが爆発的に普及を見せたのですが、既存の勢力との軋轢を呼んで長らく裁判が行われていました。

結局日本では明治時代に大審院裁判で、いわゆる民間療法は「職業選択の自由」に絡んで、電熱器を使った治療法も認められました。

韓国では「治療法を教えることは法には触れない」と言う事で、晴れて認められることになったのです。

しかし我が金成万師の様に少し治療に秀でた方たちが、不法営業をしていて取り締まりが厳しくなったこともありました。

正式に鍼の資格をもって行うことは、韓国では民間療法ではありません。

よく聞く話で「鍼に興味を持つのは40歳を超えてから。韓国ではそこから大学に進むのは至難の業だ」と言う事です。

そんなことが続き韓国では鍼よりも、温灸や刺さない治療「瑞金療法」に転換をしています。

そのことが資格のないものが行っていると言う事で、高麗手指鍼は民間療法だという、誤った考え方を日本ではしているのでしょう。

誰でも学べる、素人でも学べる簡単療法という考え方が広まったせいでしょうか?こんなエピソードがありました。

韓国人留学生が治療にきました。

国立大学に留学でしたので優秀な生徒だったのでしょう。

就職先も有名なコンサルティング会社に決まったそうです。

肝炎になったそうです。

韓国で高麗手指鍼の講座を知り、恐らくオジサンおばさんが来るので「自分は優秀だから簡単に治せる」と考えていたそうでした。

ところがそんな簡単なら二千年以上も続くわけなく、多くの人間が研究を重ねるはずもないのです。

「難しいです」と言って来院したのでした。

いま私はこれを研究していたら人間の進化を手の中に見出し、爬虫類鳥類そして哺乳類と進化してきた、その時間を手のひらに見ることができるようになったのです。

決して民間療法などではなく、伝統的な医療の中に存在感ある地位を鍼が占めるように、より深く研究している途中にあります。

治せない痙性麻痺に朗報です

 手のひら先生が自分の痙性麻痺を治す治療法を完成しました。

痙性麻痺は脳溢血脳梗塞後遺症の中でも、治療に関してはお手上げ状態でした。

高麗手指鍼を使ってはじめた治療が、改善と進化を繰り返しやっと完治させるまでのレベルに来ました。

動画で説明しておりますので、ぜひご覧ください。

リハビリは大事です、でも必死に手足を動かしても、筋トレを励んで筋肉を増やしても、痙性麻痺は治せません。

何しろ筋肉の問題ではなく、頭の中の問題なのですから。

それも健常な方と損傷を受けた脳とどのようにバランスをとり、損傷を受けた脳にどのような刺激を与えるか。

脳のツボは手のひらにはそれまで描かれていなかったので、まずそこのツボを精緻に描くことから始めたというわけです。

そこにただ鍼を打てばよいというわけでなく、打ってみたが効果はあまり感じられなかったのです。

そこで様々に工夫をして、一段一段階段を上るようにしてきました。

やっと上り詰めたのが今回紹介する方法でした。

先達の研究を踏まえそれを改良し、さらに自らの発明品を使って、痙性麻痺治療が完成しました。

こちらをご覧ください。


「高麗手指鍼の痙性麻痺治療」
https://www.youtube.com/channel/UCixVHI4xuWxzqjfQNou6K3Q